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地表上の淡水で覆われた領域をpond(池)と呼びますが明確な定義はありません。一般的には水深が浅いもの(おおむね5m未満)を池、それ以上のものが湖。ただ最深部まで植物が繁茂するものになると沼と呼ばれるようですが、ここケープコッドの不思議は大きさ・深さに関係なく池と湖が混在しています。歴史的には1609年にイギリス人ヘンリー・ハドソンがケープコッドに上陸した5年後、イギリスの船長ジョン・スミスが初めて地図にケープコッドを載せ、そして1620年のピルグリム・ファーザーズは、まず「ケープ・ハーバー」に入り現在のプロビンスタウン近くに上陸したと伝えられています。初めて先住民族と遭遇したのはこの近くの現在のイースタム付近で、ここで探検家はこの半島には水源地があることを知って入植したと思われます。今でも半島の至る所に透明で冷たい大小の池がひっそりと探検者を待ち構えています。





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Academia 地球の水はたったこれだけ!


地球のおよそ71%は水で覆われているが、それを一ヶ所に集めてしまうと直径1,380km程度の球でしかありません。そんな水の大切さをいくら文章で説明してもピンときません。では画像にしたら・・・ 「えっ!たったこれだけ!」。これを見ると誰でも意表を突かれます。その上で説明すると説得力が増します。以下はアメリカ地質調査所の説明です。 淡水を集めた球は直径272.7kmで、淡水の湖と川の水に至っては56.1kmの飛沫(しぶき)のようなものでしかない。そして地表の半分以上が水で覆われていても、地球にある水の96.5%は海であり、飲むことができる水はたったの2.5%だ。その2.5%は、小さい方の2つの球で表されるが、大半が凍結した氷河と氷冠と地下水である。結果、地表に存在し、直ちに利用可能な水は1.2%しか残らない。 その1.2%が湖や河川の淡水であり、最も小さい球で表される。人間の殆どはここから生活の水を得ている。体積に換算すれば35,951km3である。

池の辺(ほとり)にて

「日本で見かける池とは大分違いますね

「これほど風土の違いが出る景観はありません。この池の佇まいを見ているとイギリスの田園風景を思い出す。アメリカへの最初の入植者がこの地を選んだ理由が判るような気がします」

「水源になるんでしょうかね?」

「谷の水を集めて川になる水源とは違って、地面に染み込んだ水が所々に湧いている感じです。元々は氷河の固まりの跡が池になったと言われています。要するにこの半島はあちこちに水溜りがある。時に海水も入り込む」

「陰気な感じが殆どありませんね?」

「日本で池というと鬱蒼たる木々に囲まれて時々カエルの跳ねる音がする・・・確かに俳句の舞台です。ここでは水は恵みの象徴。俳句より”グリーン・スリーヴス”のような音楽が似合います」

「そう言えば日本には池を主題にした音楽ってあんまりありませんよね」

「峻険な山から一気に流れ下って海に至る。あんまり早いので貯水池で水を蓄える。水が涸れる恐怖より氾濫の恐怖が遥かに大きい国です。治水の概念が全く違います」

「池の周囲は手入れされていますよね?」

「日本だとちょっとした池には必ず野暮な店や自販機があって風景を台無しにしている。ここが一番大きな違いです」

「美意識の違いでしょうかね?」

「日本は自然に恵まれ過ぎて”価値”が判らないということでしょう。日本人は四季があって細やかな美意識の持ち主なんて過剰評価されていますが、それはごく一部の人の話で大衆が集う観光地の惨状を見れば、とても自然を大切にしているなんて思えません」

「厳しいですね。何とかなりませんかね?」

「細胞にまで染み込んだものはそう簡単にどうにかできるものではありませんよ。価値は失って判ると言いますからね。何百年単位の話ですよ」

「地震や台風などの自然災害は多いのにね」

「日本は自然を”受け入れる”。欧米は自然と”対峙する”。どうにもならない”天災”と工夫と努力で何となる”水”との違いかも・・・そんなことを思いながらケープコッドの冷たい湧水に触れるだけで細胞がうっとりします」