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集団の罠/Society 認識の罠/Conscious 知覚の罠/Perception 宇宙の罠/Alien


「この目で見たから確かだ!」「体験がある!」「ここまで津波は来ない!」「マスコミが言っている!」・・・頑固な自信ほど極限で簡単に壊れます。東日本3・11がそのいい例です。個人の体験や自信なんか歴史や宇宙の前ではチリのようなもの。我々に潜む意識と認識の罠をアカデミアします。


眼でみているのに脳は見ていない。
 知覚の罠  我々は意識しないこと、めったに起こらないことを見逃す。
潜望鏡で目視しながら漁船に衝突した艦長(えひめ丸事件:2001年)、滑走路上にいる巨大旅客機を見落とした機長(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故:1977年)。誰もがなぜ「ベテランのプロが・・・」と首を傾げます。勿論、緊迫の中で様々なバイアスと偶然が重なった果ての悲劇には違いありませんが、「平常時」でもこんな実験があります。バスケの試合中にゴリラ(ぬいぐるみ)が乱入しているのに過半数の人間が気付かない。或はいつの間にか形が変わっている動画風景を見せられても9割以上の人間が気付かない。被験者の大半は後から指摘されて「どう考えても見落とす筈がないものを見落とした自分」に衝撃を受けます。実は脳は見たり聞いたりしたことをそのまま「知覚」していたら情報の洪水。よって脳は「よく起こること」「優先的なこと」に注意を払うため「めったに起こらないこと」は無視します。急激な変化には敏感だが、ゆっくりとした変化は「緊急性」がないので鈍感・・・進化と体験の産物である知覚の落し穴です。

人間の知覚の不思議を試すならここ違って見える(聞える)知覚存在しない色・形を見ている 赤と緑は4000万年前に発生子供が騙されない理由(錯視)定義が曖昧な感覚の働き目撃証言の落し穴隠れた脳(シャンカール)・ヴェダンタム:合同出版 錯覚の科学(クリストファー・チャブリス他):文藝春秋 写真のワナ(新藤健一):情報センター人はなぜだまされるのか(石川幹人):講談社 脳の中の幽霊(V・ラマチャンドラン):角川書店



人はありもしない体験を思い出す。
 記憶の罠  記憶は体験の再現とは限らない・・・人は「作られた記憶」をリアルに思い出す。
「俺の記憶には間違いがない!」これは単に頭の弱い頑迷な人。謙虚な人か聡明人なら「もしかしたら記憶違いかも」と考えますが、実は記憶は「違う」のではなく「作られる」。この衝撃的な事実はある裁判から広く知られました。1992年、ミズリー州の女性が「7歳から14歳までの間に牧師である父親から定期的に性的暴力を受け、2度も妊娠、しかもハンガーで自ら堕胎させられた」という「記憶」をカウンセラーによるセラピーの過程で「思い出した」という事件。アメリカではこの種のトラウマ治療が盛んですが、このケースでは「被告」となった父親は牧師を解雇され、悪魔の所業としてマスコミに糾弾されました。ところが後の医学検査で彼女は22歳で処女であり、妊娠したことは一度もないことが判明。要はカウンセラーによる「記憶の植え付け」でした。件のカウンセラーは告発され1996年、100万ドルで和解が成立。あり得ない忌まわしい過去がリアルな記憶として甦る・・・心理学者E・ロフタスの研究では、被験者のうち30パーセントが、実際には経験していない子供時代の出来事をリアルに思い出すそうです。体験を抽象化・体系化して将来役立つようにするには「物語」が一番。物語である以上簡単に編集「できる」「される」可能性があるということです。記憶に潜む「どっきり」です。

子供の頃の思い出は本物か危ない精神分析目撃証言(E・ロフタス他):岩波書店抑圧された記憶の神話(E・ロフタス他):誠信書房ボロが出たヒラリー・クリントンの戦場体験談



人は欲しいものを選ぶとは限らない。
 選択の罠  人は「正しい選択」ではなく「選択の理由」を求める。
豊富な選択枝は必ずしも利益にならない、その証拠にスーパーで品揃えを豊かにし過ぎると逆に売上は落ちる。人は他人と同じに見られたくないために敢えて不利益な選択をすることがある。食物の心配がない動物園の動物が野生に較べて寿命が短いのは行動の選択肢が制限されいるから。こうした選択に関する「隠れた罠」はNHKの「コロンビア白熱教室」でのシーナ・アイエンガー教授によって一躍有名になりました。「なるほど!」と感心しますが、一方ではその都度「この選択は正しいかどうか」「この行いは正義なのかどうか」・・・アメリカが抱える社会ストレスの一端は、この切羽詰った思考回路にあるような気がします。行動心理学が当てはまるような社会ほど脆いものはありません。脆さという意味では日本でも「逆らえない空気」が蔓延すると社会は簡単に狂気に向かいます。その狂気から戦後70年、「遊びのないハンドル」のようなアメリカ的思考で「選択する人」より「選択させられている人」が増えている日本。自主性に潜む「どっきり」です。

選択の科学(シーナ・アイエンガー):文藝春秋予想通りに不合理(ダン・アリエリー):早川書房



想定外のことが起こるのが災害。
 体験の罠 「津波の前必ず潮が引く」とは限らない。経験が招いた悲劇。岩手県大槌町。
以下は河北新報2011年 5月1日(日)の衝撃的な記事の要約です。

「津波が来る前には必ず潮が引く」。過去に津波を経験した三陸沿岸の住民の多くは、そう信じていた。岩手県大槌町では東日本大震災で、引き潮がなかったように見えたため、潮が引いてから逃げようとした住民を急襲した津波がのみ込んだという。津波の前兆を信じていたことが、1600人を超える死者・行方不明者を出した惨劇の一因にもなった。3月11日午後3時すぎ、大槌町中心部の高台に逃げた住民は、不可解な海の様子に首をかしげた。大津波警報は出されていたが、海面は港の岸壁と同じ高さのまま。潮が動く気配がなかった。「潮が引かない。本当に津波が来るのか」。そんな声が出始めた。

大槌町中心部は、大槌川と小鎚川に挟まれた平地に広がる。津波の通り道となる二つの川の間に開けた町の海抜は10メートル以下。津波には弱い一方で、山が近くに迫り、すぐ避難できる高台は多い。高台にいた住民らの話では、海面に変化が見えない状態は20分前後、続いたという。JR山田線の高架橋に避難した勝山敏広さん(50)は「避難先の高台から声が届く範囲に住む住民が『潮が引いたら叫んでくれ。すぐに逃げてくるから』と言い、自宅に戻った。貴重品を取るためだった」と証言する。複数の住民によると、高台を下る住民が目立ち始めたころ、港のすぐ沖の海面が大きく盛り上がった。勝山さんは信じられない現象に一瞬、言葉を失った。「津波だ」と叫んだ時には、既に濁流が町中心部に入り、自らの足元に迫った。「なぜ潮が引かないのに津波が来たのかと、海を恨んだ。自宅に戻った人を呼び戻す機会がなかった。引き潮があれば、多くの人が助かった」と勝山さんは嘆く。

住民によると、津波は大槌川と小鎚川を上って川からあふれ、濁流が町中心部を覆った。少し遅れて、港中央部の海側から入った津波が防潮堤を破壊し、なだれ込んだ。町中心部の銀行の屋上から目撃した鈴木正人さん(73)は「2本の川と海の3方向から入った津波が鉄砲水のようになって住民と家屋をのみ込んだ。やがて合流し、巨大な渦を巻いた」と振り返る。東北大大学院災害制御研究センターの今村文彦教授は「引き潮がない津波もある。津波の前に必ず潮が引くという認識は正確ではない。親から聞いたり、自らが体験したりして誤信が定着していた」と指摘。近隣の山田湾などで潮が大きく引いたことから、大槌湾でも実際は潮が引いていた可能性が高いと分析し、「湾の水深や形状から潮の引きが小さくなったことに加え、港の地盤が地震で沈下し、潮が引いたようには見えにくかったのではないか」と推測している。

一方、災害心理学の専門家によると、人が逃げられないのは、一つは非常時でも大したことはないと思い込みたがる「正常性バイアス」、二つ目は自分の危険を省みず他人を助けなければならないと思い込む「愛他バイアス」、三つ目は皆と同じ行動を取ることで安心したがる「同調バイアス」であるとか。しかし子供の頃から危険な遊びを繰り返してきた元少年探偵団の感想は少し違います。安心・安全な日常に浸かって劣化(退化)した危機本能のスイッチはそう簡単には入らないのです。「頭でっかち」が死を招くということです。

その事例が石巻市立大川小学校。危機意識の低い無能な教師達のせいで児童78名中74名が犠牲になっています。適切な対応をしていれば助かった命です。大部分の学校ではいち早く裏山に逃げて全児童が助かっていることを考えると犠牲者と遺族の無念は察して余りあります。「先生達も亡くなったのだから」なんて「日本人の悪しき思いやり」は百害あって一利なし。同じ悲劇を繰り返さないよう徹底的な検証を行わないと犠牲者は浮かばれません。→■大川小学校の悲劇



憲法9条・正義・平等・権利・個人情報・・・
 言葉の罠  耳ざわりの良い言葉と過剰反応社会と杓子定規社会・・・退化の始まり。
「平和憲法を守れば戦争は起こらない」・・・相手がいることを忘れています。本当に戦争が嫌なら丸腰で殺される覚悟が必要です。「怖いから戦争反対」では家族も国家も守れません。欲望と恐怖が衝突をしている世界の現実を見れば、戦争の火種は至る所にあります。人も国家も追い詰められたら何をするか判りません。第一次大戦後の巨額の賠償に苦しむドイツがナチスを生んだように、列強の脅威に晒された日本が資源を求めて海外に進出したように、戦争は常に「自衛・生存」から始まります。中国の覇権主義も14億の貧乏人を抱えた自衛の行動です。相手が強いから「抑止力」が働いているだけ。本質を言えば世界を救うのは「愛」ですが、その愛が発生しない現状があります。それを無視して「正義」「平等」「人権」という言葉を振り回すのは国と社会を弱体化させます。特に日本人には怖いもの・恐ろしいことに「対峙」するのではなく「目を背ける」ことで恐怖から逃れようとする致命的効なDNAがあります。無責任なマスコミの「世論」を真に受けて「子供が玉ねぎがダメなので給食は別メニューにしてくれ」とか「昆虫のクローズアップ写真が気持ち悪いから教科書を変えてくれ」なんてねじ込む親もその兆候です。一昔前ならもの笑いのタネですが、深刻に受け取る学校や企業が出てきて「過剰反応社会」は膨張します。故山本夏彦翁は「嫉妬はしばしば正義を装う」と喝破しましたが耳障りのいい言葉には意識の奥底に潜む劣等感や嫉妬心、恐怖感や猜疑心をオブラートに包む効果があります。「くれぐれもご注意を」と言われても絶対に認めたくない「どっきり」の一つです。

ハーバード白熱教室(マイケル・サンデル):早川書房 ■茶の間の正義(山本夏彦)つかぬことを言う(山本夏彦)



国家はイザとなると何をするか判らない。
 国家の罠  歴史が証人・・・国家だからこそ出来る煽動・謀略・戦争。
人は嫌なこと・恐ろしいこと・不都合なことを信じようとしません。まして国民を守るべき国家が悪しき行いをする筈がない。そう思わないと精神の平衡が保てないからです。しかし歴史は毛沢東の中国が農業政策の失敗と文化大革命で8000万人、スターリンのソ連が革命と粛清で2300万人、ナチスドイツが侵略とホロコーストで1200万人を殺したと証言しています。今も世界のどこかで虐殺や飢餓が進行しています。「でも平和な日本ではあり得ないでしょう」・・・これこそ平和ボケ。2度も原爆を落とされて、国民のお金を紙くず同然にされたのは70年前です。今も600兆円を超える税金を官僚にネコババされながら増税、いずれ国民の預金で相殺するとしか思えない1000兆円の借金、TPPで国民皆保険に不当競争だと因縁をつけられ(ISDS条項)高額医療を押し付けられる寸前の日本・・・「まさか」は既に始まっています。


間違いに気づかない・認めない。人類は愚行を繰り返す

 人間の罠  どう転んでもおかしくなかった「過去」・・・どう転んでもおかしくない「未来」
戦前、ドイツの作戦参謀達が日本の「関ヶ原の戦い」の東軍・西軍の布陣図を見て誰もが即座に西軍の勝ちだと断定。結果は東軍の勝ち。それから305年後、当時世界最強とされたロシア相手の日露戦争。世界中が日本の負けを確信。結果は日本の勝ち。この望外の勝利に酔った日本は太平洋戦争に突入。軍事的には勝利確実と思われた局面で敗北、しかも終戦のタイミングを誤って原爆を落とされて無条件降伏。これで日本はスッカラピン。ところがここから世界を驚かす奇跡の経済成長を遂げ僅か1987年にはGDPでアメリカを抜いて世界一に・・・こう見てくると歴史は僥倖と偶然の積み重ねであることがよく判ります。ならば負けた時に「もしかしたら勝っていたかも」。勝った時に「もしかしたら負けていたかも」と考えて要因を徹底分析すれば失敗の確率を減らせたのでは・・・答えは微妙です。何故なら不確定要素が沢山あるということは「同じことが起こる可能性」は殆どないからです。因果関係が証明できなければ「歴史」は単なる後知恵による「物語」。「歴史から学ばない」のではなく「学べない」・・・人類最大の「どっきり」です。

偶然の科学(ダンカン・ワッツ):早川書房日本の敗因(小室直己):講談社

なぜ大人は罠に嵌る?

「オレオレ詐欺とかですか?」

「それは単に頭の弱い人。ここで言う”嵌る”とは知覚や認識の罠。ベテランほど信じられないような間違いを起こす」

「間違わないのがベテランでは?」

「それが思い込み。実はベテランとは判断や操作を”正確”に行うプロではなく”円滑・迅速”に行うプロなんです。要はめったに起こらないことに気をとられるより、よく起こることを先手を打って処理するほうが円滑・迅速ですからね。ある意味”はしょり”のプロとも言えます」

「我々でも”青信号”ではイチイチ止まりません。赤信号無視で突っ込んでくる車なんかめったにないですからね」

「めったに起こらない事故や転変地変を前提にしていたら我々は生きていけません。事故も天災も確率と偶然の産物です」

「天災はともかく事故は防げるのでは?」

「誰でも簡単に手に入り、しかもこの道具で毎年120万人が犠牲になっている。何で取り締まらないんでしょうか?」

「戦争兵器なんですか?」


「車だからです。失うものと得るものを天秤にかけて人類は”僅かな”死亡事故より”利便性”を選択した。原発だってこの類です。危険だと思われいる飛行機は1日10万便飛んでいますが、事故犠牲者は年間僅か900人!条件が違うので単純な比較は無理ですが死者数で比べると歴然です」

「飛行機ではそんなに少ないんですか?」

「飛行機事故は衝撃的です。それが判断や認識を狂わせる。良く乗る車で120万人。めったの乗らない飛行機で900人。ある意味飛行機は一番安全な乗り物ということです」

「完全な思い込みなんですね」

「その思い込みで日常生活は差し支えない。だから改めようとしません。我々の人生は確率と偶然という爆弾を抱え込んでいるなんて考えたら生きていけませんからね」

「・・・」