想像の原点は「恐れ」。目線が低い小さな子供にとって覆いかぶさるように迫る影は得体の知れない怪物です。無我夢中で逃げる。で、翌日の昼間に恐る恐る「現場」に戻って「怪物」の正体を確かめる。が、そこにあるのは何の変哲もない作業小屋だったり、いびつな煙突だったり、枝振りのいい樹木・・・「な~んだ」とちょっぴり大人になった気分で意気揚々と引き上げる。しかし違う場所で見たこともない新手の影に出くわすと「わっ~!!!」と元の木阿弥・・・これを繰り返しながら子供は立派な少年探偵団に成長するのです。そんな濃密な記憶をもつ空想少年の日没時、見渡す限りの三浦台地のあちこちに浮かび上がる得体の知れない影は、あの頃に戻る郷愁の影・・・おじさんになった「うっとり探偵団」を妖しの世界に誘います。
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三浦半島が「影」に事欠かないのには理由があります。台地が多いということは、そこにある建物や物体は下から見上げる位置にあるので日没で浮かび上がる「影効果」はひと際目立つ訳です。だけでなく、畑の中に旧日本軍の遺構があって、昼間は目立たなくても日没時には異様な形を浮かび上がらせて探偵団を興奮させます。
top 原風景アカデミア「影」
「日没で浮かび上がる影は子供の原風景?」

「影というよりシュリエット。”形”だけが現れて違うものに見える。大抵の影は自分より大きいので子供は怖いものを想像して怯える。一種の本能でしょうね」

「でも結構興奮しましたよ」

「そうやって想像力が育つ。大人になるに従って大事な想像力は失なわれてゆく。人類の退化の象徴ですよ」

「キリコの絵の子供の影も長いですね」

「単なる物理現象に過ぎない影に人間はなぜ様々な不吉や恐れを感じてきたのか。もしかしたら”もう一人の自分”だと思い込んだのかも知れませんね」

「自我の始まりなんて自分の影かも」

「確かに常についてまわるからね。だったら慣れて気にならない筈なのになぜ関心を持ったのか。これは想像ですが時間によって形も大きさも違うことが不思議でならなかった。知性の目覚めなんて案外こんなものかも知れません」

「影は世界共通の認識なんですか?」

「自分の影ではなく山や木の影とでは意味は違います。自然の影が”寒”さをもたらす極北の住人と、影が”涼しさ”をもたらす赤道の住人とでは感じ方に”温度差”はある筈。同じ太陽でも北欧では恵の象徴であるのにインドでは死の象徴という具合にね。影が不吉の象徴なのは寒いヨーロッパの連中だけかも知れませんよ」


「画家は影をどう捉えたんでしょうか?」

「レンブラントやフェルメールやモネだけでなく昔の画家にとって”影”の表現は勝負所だった。狙いは光です。影は光を引き立てる重要な要素。産業革命以降、その関係が微妙に変化しているのは興味を惹きますね」

「光を引き立てるのが影なら、影を引き立てるのは”空”ですよね?」

「いいことに気付いたな明智君!大きな空に浮き上がる影ほどシンプルな構図はありません。しかも空模様で影の意味は違ってくる 」

「シンプルな構図ほど想像力を刺激する」

「本来の意味から別の意味になる、影の面白さはここにあります。古代人が影に対して温度差より違うものに見えるという不思議のほう大きかった筈です」

「単なる黒い部分がこれほど人間の知覚や意識に影響を与えているなんて考えもしていませんでした」

「余りにも身近だからです。そう考えると何気ない日常にも光と影の”妖し”が潜んでいると思うと楽しくなります。”撮り鉄”どころか”撮り影”なんてカメラワークが出てきますよ。三浦半島にはそんな”妖し”が至る所に隠れてます」