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我々を取り巻く環境は決して安全・安心ではなく、いつ事故・事件・天災が起こってもおかしくないのに、同じ風景を眺め、同じ道を通り、同じ行動を繰り返しているうちに人は次第に異変や変化を「感じない・認めない」という恐るべき「日常の罠」に嵌りこみます。ここにある風景は観光地でも景勝地でもなく、何の変哲もない日常がふと垣間見せる非日常です。劣化した感覚を覚醒させる風景です。 で画像拡大


三浦半島が「影」に事欠かないのには理由があります。台地が多いということは、そこにある建物や物体は下から見上げる位置にあるので日没で浮かび上がる「影効果」はひと際目立つ訳です。だけでなく、畑の中に旧日本軍の遺構があって、昼間は目立たなくても日没時には異様な形を浮かび上がらせて探偵団を興奮させます。 →  画報トップへ戻る 
day 原風景アカデミア「日常」

「日常?非日常じゃないんですか?」

「豪華客船に乗らなくても、何気ない日常風景にも”非日常=妖し”は潜んでいます」

「何処に潜んでいるんですか?」

「別に隠れている訳ではありません。アンテナがなければ信号を受信できないのと同じで、感受性豊かな人にだけ見える脳内風景です。その脳内風景を引き起こす場所と時間があるということです」

「綺麗な夕日を見ても何も感じない人も」

「その通りです。美しいものを感じることが出来ない人ほど可哀想な人はいませんが、悲惨な人生を送っていると何事もないことが幸せだという価値観もあります。繊細なアンテナは微弱な電波も捉えるが、ちょっとした雑音でも故障する。日常も捉え方ひとつです」

「何事もない日常だからこそ安心して非日常を探すことが出来るとも言えるのかも」

「そこが微妙です。安心感と覚醒感は両極・・・緩みきった精神では風景の変化を感じ取れない。緊張し過ぎると全体が見えなくなる・・・運転と同じでリラックスしながらも起こり得る可能性を読む」

「うっとりも難しいですね?」

「だからアンテナです。手入れを怠らない・・・感性を麻痺させなければアンテナを空に向けいるだけでいい。時々素晴らしい信号を受信します 」

「でも生活に追われていると感性どころではありませんよね。なくても生活に支障はないし」

「その通りです。ただその生活の目的は何かです。よく引き合いに出されるのが生活の基盤である街並みの違い。日本より生活が苦しいのにヨーロッパの街並みは映画のようです。”日本の街並みには生活の風景があるが、ヨーロッパの街並みには人生の風景がある”・・・その違いです」

「文化と歴史の違いじゃないんですか?」

「日常感覚の差です。あの第二次大戦の空襲で廃墟と化したドレスデンなんか市民が焼けたレンガを集めても街を再建した。ブリキ小屋ではなく戦前と同じ街並みですよ。彼らにとって日常の風景とは人生の風景。だから街並みの至る所に物語がある。日本人が逆立ちしても敵わない感性ですね」

「・・・」