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人には海派と山派がある・・・透明な酸素を求める場所です。「うっとり探偵団」は勿論「海派」。重い荷物を担いで何時間も何日間も歩いて山に登ろうなんて意思も根性もさらさらなく、思うに山が好きな人は真面目で、足元を踏み重ながら、コツコツと努力を重ねた先に幸せ(頂上)が待っていると信じて疑わないのかも知れません。成功している経営者に山好きが多く、一か八かで事業を起こして派手に消える事業家に海好きが多いような気がします。要するに「海」の本質は「豊かさ」と「自由」と「冒険」・・・探偵団も子供の頃は浜に出て、波と雲と外国船を見ながら、未だ見ぬ異国を空想して「大人になったら世界を回るのさ」・・・そしてその通りになりました。誰もいない海辺はそんな空想少年・夢少女を生み出す力に満ちています。
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今も隆起を続ける「生きている台地・三浦半島」。まさか台地の縁(防風林)の先に、複雑に入り組んだ海岸線と岩場が口を開けているなんて外見からは想像できません。それだけに藪を掻き分けて磯に降りた時の「うっとり」はひとしお。聞こえるのは波の音と梢を吹き渡る風の音。誰もいない海辺で透明な白日夢に浸る・・・至高の官能です。
tou_top 原風景アカデミア「白日夢」

「白日夢。聞くと見るとでは大違いですね」

「谷崎潤一郎の小説ではヒロインが麻薬を打たれて異様な世界に身を晒しますが、我々は無人の海辺で酸素を含んだ風に身を晒して”うっとり”・・・遥かに健康的です」

「画像を見ると透明感が伝わってきますね」

「山にも”うっとり”があるかも知れませんが海には五感がある。肌を撫でる潮風、鼓膜を愛撫する潮騒、微かな磯の匂い、塩分も補給できる。透明で濃密なんです」

「生命が波打ち際で生まれたのも判る気がします」

「話を”白日夢の風景”に戻すと非日常風景の絶対条件のひとつは人影がないこと。有象無象の観光客に溢れていたら風景も台無しになりますからね」

「生活感溢れる他人を見るだけで”現実”に戻されますね」

「その人には罪はないんですがね。白日夢でも悪夢でも他人がいたら風景と”対峙”する官能は得られません。よって人がいない場所、人がいない時刻を選ぶことになります。勤め人には無理かも知れませんね」

「悪夢と白日夢はどう違うんですか?」

「この画報でも”悪夢の痕跡”として取り上げていますが、同じ”非日常感覚”でも悪夢と白日夢は一見、両極にあります。戦争遺構など人間の情念が漂う風景は”濃密感”。逆に脳が情念から開放されて風景と一体になるような風景が”透明感”。しかし廃墟など本来の役目を終えてひっそりと息づいている風景には透明感も漂っています」

「どちらも脳内がドーパミンで満たされてますね?」

「確かに大脳生理学的にいえばそうかも・・・ある意味”陶酔”も”覚醒”も”脳内麻薬”ですからね。しかし違法な化学物質を興奮するより遥かに”芸術的”です。しかもお金も殆どかからない」

「それが”うっとり探偵団”の真骨頂じゃないんですか?」

「誰でも判る、誰でも出来るようなものは”うっとり”ではありません。逆に感受性と好奇心があれば”うっとり”は目の前にあります。その道案内も我々の使命です」